父の日はいつ 2017年は?意味や由来、理由など簡単に調べてみた

年中行事

題名からもお分かりいただけるでしょうが、父の日というか、そもそも父自体に興味がそこまでありません・・・。

母の日に関しては根ほり葉ほり調べたんですけどね~。

やっぱり常に家に居てくれて、一緒の時間を過ごしてくれて、家のことをすべてやってくれている母に比べると・・・ほぼ家にいなかった父というのは印象が薄い感じです。

もちろん、家族が生きていくために一生懸命働いてくれているのは大人になってからよく分かるようになったので、感謝はしてるんです。

ただまぁ、やっぱりなかなか素直に感謝の言葉を伝えたり行動にうつすことができませんね。すごく今更な感じがしますし。

そんな可哀そう(!?)な父のために、せめて父の日がいつなのか、父の日の意味や由来にはなにが込められているのか?

というのを簡単に説明しますので、私のように「父に感謝する意味が分からん」と思われる方。一応最後までお読みになってみてください。

父に対する気持ちに変化が芽生えるかも・・・しれませんね!

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 2017年の父の日っていつなの?

2017年の父の日は「6月17日」ですね。

父の日は毎年【6月の第3日曜日】と決まっています。

これといってピンときませんね。

毎年毎年日付が変わると覚えにくいと思いませんか?

誕生日みたいに「何月何日」や、子供の日や七夕のように「5月5日」「7月7日」と覚えやすいゾロ目にする、みたいに決めてもらえた方が覚えやすいと思うんですけどね。

カレンダーに〇を付ければいいだけの話なんですが^^;

なので「何曜日」とふわっとした表現されても覚えにくいので、毎年6月の何日~何日の間に絶対ある!という方が分かりやすいかと思い、調べてみました。

大体「15日~22日の間」のようです。誤差一週間といった感じでしょうか。

一番早い日付が15日で、一番遅い日付が22日になるようです。

ここまで書いてもふわっとした印象なのは変わりありませんでしたね。

でも日にちや曜日をここまでしつこく詳しく書いていれば、父に大した思い入れのなかった人でも、父の日へのモチベーションが上がるのではないでしょうか。

6月といったら他にイベントも思いあたりませんし、せいぜい気にすることといったら梅雨対策とか汗対策、衣替えなど。その程度かなと思います。

なので6月といえば「父の日」!
そして「6月の第3日曜日」ということをしっかりと覚えておきましょう。

そしてこの日には普段なかなか出来ないプレゼントをあげるということをしてみてもいいかもしれませんね。

父の日が出来た意味や由来とは?

父の日が出来た意味や由来は、実は母の日と深い関わりがあるんですね。

母の日はアメリカのアンナ・ジャービスさんという女性が、自身の母であるアン・ジャービスさんを想い、運動を起し続けた結果出来たと言われています。

説明がザックリし過ぎましたね・・・もうちょっと詳しく書きます。

アン・ジャービスさんはボランティア団体を立ち上げていたのですが、このボランティア団体が注目されるキッカケになったのが「南北戦争」でのアンさんの活動内容。

彼女は北軍も南軍も関係なく助けの手を差し伸べ、戦争が終わってからも人々を助けるために奔走しました。この活動はアメリカ全土の注目を集めます。

そのアンさんの死後、そばで母の活躍を見ていた娘のアンナ・ジャービスさんが、「忙しい母親に感謝する日を作りたい」という運動を続けた結果、母の日ができたんです。

父の日を書いてるはずなのに母の日だっけ?と話がそれてしまいそうになりましたが、要するにこの母の日が出来たことを知った1人の女性によって、父の日ができたのです。

その女性の名はソノラ・スマート・ドッド(Sonora Smart Dodd)、後のジョン・ブルース・ドット婦人です。

始まりは彼女が幼いころ。
南北戦争が始まり、彼女の父親のウィリアム・ジャクソン・スマートが招集されます。

その間ソノラを含む6人の子供たちを母親が女で一つで育てていたのですが、衛生状態もよくない戦争地域において、6人の子供を女性1人で育てるのには限界があったのでしょうね。

母親はウィリアムの復員後、過労で亡くなってしまいます。母親が亡くなった後、ウィリアムは男手一つで6人の子供たちを育て上げますが、子供たちが全員成人した後にウィリアムも亡くなります。

ソノラは父を尊敬していたので、自分の通う教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらいます。

これが1909年のことなのですが、その翌年に最初の父の日の祝典が行われます。

当時すでに母の日が始まっていたのですが、これを知ったソノラが「母の日のように、父に感謝する日も」と牧師協会に嘆願したことがキッカケで、ここが「父の日」が正式にできるまでのスタート地点だったんですね。

そのあとは1916年にアメリカの大統領が父の日の演説を行ったり。

大分間があいて1966年の時の大統領が「父の日」を大統領告示にて称賛します。

やっと1972年になって、正式な国の記念日に認定されると。

これが父の日が出来た意味とその由来です。

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父の日がすぐに記念日にならなかった理由を推察してみた

母の日に比べて父の日年月かかりすぎ!って思ったのは、私だけじゃありませんよね?

どうやらここまで年月に広がりが生じたのは、母の日ほど注目されなかったのが原因のようです。やっぱり父親ってそういう運命なんだろうか(可哀そうに・・・)

なので「なぜ父の日が記念日になるまで63年もかかってしまったのか?」という理由を推察してみました。

おそらくこれでは?としか言えないのですが、母の日が注目されるようになったのはアン・ジャービスさんがアメリカ全土に知れ渡るような活動をしていて、それがそもそものキッカケでしたね。

一方でウィリアムさんの場合は、一家の父親が男手一つで育てたといっても、それはその家庭でのお話しで終わってしまう出来事だったと思うんです。

わざわざソノラさんが牧師協会に頼み込んだから、結果的に父の日が出来ただけで。

テレビやラジオで大々的に報道されるわけでもなく、1人の娘が自分の父親に対する想いだけで「父の日を作ってほしい」と活動していたわけですよね。

そう考えると、「よく父の日が出来たなぁ」と逆に感心してしまいました。

なにか広く伝えられるような活動を父親がしたわけではなく、1人の娘が嘆願して運動を起し続けたからこうなったのかぁと。

母の日のアンナさんにしても、父の日のソノラさんにしても、親への感謝と愛情がこうやって正式な記念日に繋がったのだと思うと、親も凄いが子も凄いですね!

そこまでして記念日を作ろうとしなくても!と思ってしまいます(汗)

ですがこれはここまで感謝されるような働きを親がしていたからこそですよね。娘の心を動かし、果ては全世界の人の心を動かすことに繋がったんだなと感じました。

親がどれだけ頑張っているのか、子供には伝わります。それに普段感謝していることを伝えきれていないだけで、いつも感謝はしてるんですよ!!

なので父の日がすぐに記念日にならなかった理由としては、母の日ほど活動がメジャーじゃなかったからではないか?と思いました。

まとめ

どうだったでしょうか。

父の日に全く関心がなかったため、父の日がそもそもいつなのか、意味や由来ってなんなのかを調べていくうちに「私は親不孝者なんだろうか・・・」と悩みそうになりました^^;

母の日も父の日も、子が親に感謝してこうなったのか~そうか~と。

記念日を作る!まで壮大でなくとも、普段の感謝の気持ちを伝えるくらいは出来そうな気がしてきませんか?

とりあえず何をあげたらいいのか、というかあげた方がいいのかなんなのかは分かりませんが、ちょっと父の日について感慨深い思いができました。

お金は全然かける気ないけど(余裕がないため)、まだ父親が元気なうちに良い「父の日」を過ごしてもらうべく何かしようと思います^^

あなたもソノラさんを見習って、父の日には何をしてあげよう?と考えてみてくださいね♪

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